2008年12月08日

12月8日


その死は、歴史から逃れている。
刑の執行に関しては、のちに書かれた物語しか残されていない。
そして物語は、出来事自体を白紙のまま残している。
その数時間の間のグランディエの曖昧な言葉や仕草が、他者の証言のうちで劣化し、断片化し消え入っている。

彼の最後の言葉は、その題名の至るところに《真実》という言葉−「実際起きたことの真実の記憶」、「真実の報告」−を貼り付けてはいるが、実際にはその遺骸を奪い合い、勝手なイメージを垂れ流すための言葉を創作する、聖人伝的な、あるいは地獄堕ちを描く護教論的な言説を通じてのみ、我々に伝えられているのである。



ルーダンの憑依

著者名:ミシェル・ド・セルトー(著)
矢橋透(訳)
出版社:みすず書房
出版年:2008.06
ISBN :9784622073970

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2008年12月07日

12月7日


今宵 風吹きはじめ
  雨もよいの日は大荒れとなり
  さいごの紅葉も飛びさり
ミヤマガラスは 空を風のままに

           テニソン



ネイチャー・ノート

著者名:イーディス・ホールデン(著)
岸田衿子(訳)
前田豊司(訳)
出版社:サンリオ
出版年:1991.03
ISBN :9784387892441

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2008年12月06日

12月6日


ミランダ自身も、最後には、自分は自分の物語以外の何物でもない、という可能性に直面せざるをえない。

ミランダ・シャープは本書のページの外には存在しない。
しかし、私も、読者諸賢も、じつはそれほど違う状況にあるわけではない。
私たちも、自分を語る物語である。
私たちの物語も同様に、記憶というフラッシュバック、そして予期という前兆が、「今」という展開途中の記録に織り込まれていくことから成り立っている。
「実在」―つまり「外の」客観的世界―は物語のいたるところに登場する。
しかし、そうした実在も、ひとつの構築物であり、キャラクターである。
幸いなことに、客観的実在は安定した頼り甲斐のあるキャラクターである。
しかし、それでもやはり、キャラクターであることには変わりない。

・・・・・・・・・・

意識として存在すること、あるいは物語として存在するとはどういうことなのか



マインド・クエスト

著者名:ダン・ロイド(著)
谷徹(訳)
谷優(訳)
出版社:講談社
出版年:2006.11
ISBN :9784062137300

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2008年12月05日

12月5日


「額縁」は絵画と家具の両領域にまたがっている。
絵画と他の事物との境界をなすと同時に、絵画とその周辺の環境とを融合せしめ、両者の調和をはかるものである。

「額縁」とは、納められた絵画と不可分の結びつきを持つ一つの特殊な機能の呼び名である。

              クラウス・グリム『額縁の歴史』(前堀信子訳)より



額縁への視線

著者名:小笠原尚司(著)
出版社:八坂書房
出版年:2008.07
ISBN :9784896949124

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2008年12月04日

12月4日


      ]]XV

もう程なくキリスト降誕を祝いまつる日。
  月はかくれ、静かなる今宵。
  降誕祭の鐘の音は丘から丘へ
夜霧の中を木霊にこだまする。

あたりの四つの村々の、四つの鐘の音が、
  遠くまた近く、牧場を越え、野をわたり、
  大きく鳴り、また細く鳴る、
さながら扉を隔てて聞くように。

四つに聞こえる鐘の音は、
  風に吹かれて大きく鳴り、また細く鳴る。
  安らぎあれ、恵みあれ、恵みあれ、安らぎあれ、
人類すべてに安らぎあれ、恵みあれと。

寝ても覚めても、苦衷の続くこの一年、
  二度と目覚めることのなきようにと、また、
  この鐘の音を再び耳にする前に
生命の綱も切れてしまえと願った私。

幼い頃わが心をとらえた鐘の音は
  今悩めるわが魂を和らげる。
  わが悲しみに歓びの色づけをしてくれる、
降誕祭の、楽しき、楽しき鐘の音。



対訳テニスン詩集

著者名:テニスン(著)
西前美巳(編集)
出版社:岩波書店
出版年:2003.04
ISBN :9784003222638

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2008年12月03日

12月3日


さあ いちばん楽しい祭りがやってきた
みんな愉快にやろうじゃないか
どの部屋にもキヅタの葉をかざり
どの柱にもヒイラギをかざり
元気いっぱい歌をうたって
街中に歌声をひびかせよう
森も丘もみんな見ておくれ
ぼくらはこんなに楽しいんだ

         G.ウィザー



ネイチャー・ノート

著者名:イーディス・ホールデン(著)
岸田衿子(訳)
前田豊司(訳)
出版社:サンリオ
出版年:1991.03
ISBN :9784387892441

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2008年12月02日

12月2日


ナンシイは、片手をあごにあてがって、ひどいささやき声を出した。
「おたふくかぜよ!」
「知ってるわ。」と、スーザンがいった。「ほんとうにお気の毒ねえ。」
「それに、あさってで休みはおわりよ。」と、ペギイがいった。
「きみがいなくちゃ、北極へいってもしょうがないよ。」と、ジョンがいった。「それに、まあ公平じゃないしね。」
ナンシイは笑いかけたが、ふいに表情を変え、まるでこわれたあごをもとにもどすみたいに、もう一本の手も、そっとあごにあてがった。
「とんま!」と、ナンシイはささやき声でいった。「とんま! ほんとに、ばかで、あほうで、カボチャ頭ね! これ以上はのぞめないすばらしいことがおこったのがわからないの? これで、なにもかもすっかりうまくいくのよ。探検全部が生きたのよ。これで、まるまるひと月休暇がのびたのよ。そのひと月がおわるずっと前に、湖はすっかりこおるわ。探検隊は、北極海の氷をこえる正式なやり方で極点までいくのよ。」



長い冬休み

著者名:アーサー・ランサム(著)
神宮輝夫(訳)
出版社:岩波書店
出版年:1967.01
ISBN :9784001150346

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2008年12月01日

12月1日


皺をよせた気難かしい人のように 描かれる冬よ
林檎の木にまといつく長い苔のように
灰色の髭を生やし 青い唇をして
とがった青い鼻の先に 氷の滴をつけたきみ
きっちりと身を包んで 荒涼とした道をただ一人
漂う雪の中を とぼとぼと歩いてゆくきみ
暖かい炉辺のきみのほうを 描くべきだったのに
冬よ 大きな肘掛け椅子に 坐っているきみこそを
クリスマスの遊びに 夢中な子供らを見まもり
また 子供らに囲まれて 楽しい笑い話
恐ろしい人殺しの話 そして 夜を悩ます悪霊の話を
いろいろ聞かせては 時折り話を止めて
煙る火を掻き起こし また
琥珀色に澄む 秋の麦酒を味わうきみこそを

                  R.サウジイ



カントリー・ダイアリー 新版

著者名:イーディス・ホールデン(著)
岸田衿子(訳)
前田豊司(訳)
出版社:サンリオ
出版年:1992.09
ISBN :9784387922629

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2008年11月30日

11月30日


      CXT

鳴り飛ばせ、鳴り狂う鐘の音よ、荒れた大空へと、
  飛んでゆく雲を、また冷たい光を。
  今年も今宵で逝ってしまうのだ。
鳴り飛ばせ、鳴り狂う鐘の音よ、この年を逝かしめよ。

鳴り飛ばせ、古きものを、鳴って迎えよ、新しきものを。
  鳴りわたれ、楽しき鐘よ、雪の野面を渡りゆけ。
  今年も暮れようとしているが、 もう逝かしめよ。
鳴り飛ばせ、この世の虚偽を、鳴って迎えよ、真実を。

鳴り飛ばせ、心を滅入らせる悲しみを、
  もはやこの世にいない人々に対する悲しみを。
  鳴り飛ばせ、貧富の確執を、
鳴って迎え入れよ、人類全体の救済を。

鳴り飛ばせ、おもむろに滅びゆく大義を、
  昔ながらの党と党との闘争を。
  鳴って迎えよ、更に品格ある生活様式を、
また、よりよき習慣を、より高潔な法律を。

鳴り飛ばせ、この世の窮乏、心配事、罪業、
  そして誠実さを失った冷酷を。
  鳴り飛ばせ、鳴り飛ばせ、わが悲しき調べを、
鳴って迎え入れよ、更に素晴らしき詩人の歌を。

鳴り飛ばせ。地位や出自の誤てる高慢を、
  市民同士の中傷や悪意を。
  鳴って迎え入れよ、真実や正義を愛する心を、
鳴って迎え入れよ、善を愛する大衆の心を。

鳴り飛ばせ、昔ながらの邪な腐敗を、
  鳴り飛ばせ、人の心を狭くする金欲を。
  鳴り飛ばせ、いにしえの幾多の戦争を、
鳴って迎え入れよ、久遠に続く平和を。

鳴って迎え入れよ、雄々しき、自由なる人物を、
  更に心の広い、優しき手をもつ人物を。
  鳴り飛ばせ、地上の暗黒を、
鳴って迎え入れよ、やがて来るべきイエス・キリストを。



対訳テニスン詩集

著者名:テニスン(著)
西前美巳(編集)
出版社:岩波書店
出版年:2003.04
ISBN :9784003222638

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2008年11月29日

11月29日


  大鴉

むかし凄涼の夜半のこと、私がやつれ疲れて、すでに人の忘れた学問の
おかしな珍奇な書物をあまた開いて、思いに耽っていたとき−
まるでうたたねでもするかのように、私が微睡んでいたとき、ほとほとと音が聞えた。
誰かがそっと私の部屋の戸をこつこつと、叩いてでもいるかのように。
「誰だろう、」私は呟いた、「私の部屋の戸を叩いている−
    それだけだ、何でもない。」

 ・・・・・・・・・・

夜の、冥府の磯でお前の立派な名前は何と呼ばれるか」
    大鴉はいらえた、「またとない。」

 ・・・・・・・・・・

かくして大鴉は、飛びたたず、じっと止まっている−じっと止まっている、
私の部屋の戸の真上のパラスの青ざめた胸像の上に、
彼の瞳はさながらに夢みている悪魔のよう、
そして灯影は大鴉の上に流れその影を床に投げている。
そして私の魂が床に浮んでいる影から、
    脱れることも−またとあるまい。



ポオ詩集

著者名:ポオ(著)
阿部保(訳)
出版社:彌生書房
出版年:1967.07
ISBN :9784841501841

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2008年11月28日

11月28日


そこで、姿を現したのは四季で、
 先頭は威勢のいい春が、咲き初めたばかりの
 新鮮な花びらをつけた花の衣を全身にまとい、
 (その中には沢山の鳥が巣を作っていて、
 恋人たちを呼ぶために美しい歌を歌っていた)
 片手には投げ槍を持ち、
 頭には(勇ましい戦いにふさわしい)
 金箔の彫物のある兜を被っていたので、
彼を愛する者もあれば、恐れを抱く者もあった。



妖精の女王 4

著者名:エドマンド・スペンサー(著)
和田勇一(訳)
福田昇八(訳)
出版社:筑摩書房
出版年:2005.07
ISBN :9784480420749

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2008年11月27日

11月27日


通常その異なるものは、街路のしたでひそかに蠢いている。
だが一度危機が来れば、それは増水のため溢れるかのように、あらゆる場所で地下からせり上がり、下水道のふたを持ち上げ、まず地下室を、ついで都市を浸水させる。
闇に棲むものが荒々しく日の光のもとに溢れ出てくるさまには、毎度のこと驚かされる。
だがそれによって、地下の存在、けっして何かに還元されることのない内的抵抗の存在が、明かされるのだ。
こうした闇の力は、それが脅かす社会の緊張関係に浸透し、突然それを危機的なものにする。
力は緊張関係自体の方策や回路も利用するが、なかでも力が訴えるのは、彼方から思いがけないかたちで生じてくる《不安感》である。
力は社会的な囲いを破壊し、水路から氾濫する。
それは新たな道を開き、それが通ったあと、波が引いたあとに、別の光景、異なった秩序を現出させる。

それは、新たな侵入なのか、それとも過去の繰り返しなのか?
歴史家は、そのどちらとも言うことができない。
というのも、神話が再生してきて、異なるものの噴出に、こうした突然の氾濫のために用意されたものであったかのような様相を与えてしまうから。



ルーダンの憑依

著者名:ミシェル・ド・セルトー(著)
矢橋透(訳)
出版社:みすず書房
出版年:2008.06
ISBN :9784622073970

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2008年11月26日

11月26日


死にぎわの最後の吐息のように消えそうな声が、かすかにすすり泣きながらジャニーの名前を呼んでいた。
声は樺の木の中に消えていった。
「トリルビー!……」とジャニーは叫んだ。
そして墓穴をいくつもとびこえて、おそらく彼女を待っていたにちがいないその墓穴に身をおどらせた。
人は自らの運命を思いちがえることはないのだ!

・・・・・・・・・・

ジャニーの墓の上にのせられた石だけは時の作用にも、天の災いにも、人の災いにさえも損なわれずに残っていた。
そこにはいまも、敬虔な手で刻まれたつぎのような文字が読みとれる。
「永遠に離れられないものにとって、地上の千年は一瞬でしかない」。
「聖者の木」は枯れてしまった。
しかし、その力尽きた根株から、勢いのいいひこばえがいっぱいにのびて、豊かに緑をふきだしている。
さわやかな風が、その緑の新芽のあいだを吹きわたるとき、そしてその緑濃い茂みがなびいては戻るとき、愛情に満ちた若わかしい想像力は、そこにいまも、トリルビーがジャニーの墓の前でつくため息を聞きとることができるだろう。
愛するものをかちうるには、そして愛するもののために泣くのには、千年なんて、ほんのわずかのときなのだ!……



ノディエ幻想短篇集

著者名:ノディエ(著)
篠田知和基(編訳)
出版社:岩波書店
出版年:1990.03
ISBN :9784003258712

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2008年11月25日

11月25日


ただ、すぐ近くの一階の桟敷にすわっている少女だけが、芝居の方を見ていなかった。
真青な顔である。
家族の人たちが、彼女を介抱している。
私は彼女が言葉では言いつくせないほど美しいと思った。
顔は涙に濡れている。
私は彼女を見つめた。

・・・・・・・・・・

私は正面の玄関にむかってゆっくりと流れて行く人波の中に加わっていた。
出口の方へ視線をむけていたが、ふと誰かが近くで自分を見つめているように感じて視線を返した。
そして事実私の眼は大きな美しい瞳とむかいあったのであった。



晩夏

著者名:アーダルベルト・シュティフター(著)
藤村宏(訳)
出版社:筑摩書房
出版年:2004.03
ISBN :9784480039446

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2008年11月24日

11月24日


夏の朝の光が映り、
ロッホ・カトリンの青い水面は紫色に変わった。
西からの風はやさしく、静かに
そっと湖面に接吻し、そっと木々をそよがせ、
嬉しくなった湖は、はにかみやの乙女のように、
すこし震えていたが、歓喜の漣は立てなかった。
湖面に映る山影は
乱れもせず、靜止するでもなく、
明るいけれど、定かでなかったが、
それは空想の眼に映る未来の喜びのようだった。
陽光に向かって水蓮の花は
輝かしい銀の花弁を伸ばしていた。
牝の鹿は目を覚まし、露をきらきらさせながら、
草地の方に子鹿を連れて行った。
灰色の霧は山腹を離れ、
急流が勇ましくしぶきを上げているのが見えた。
イワシ雲が浮かぶ空の中に姿を隠して、
雲雀は歓喜の歌声を降り注いでいた。
クロウタドリと斑のツグミは
薮や茂みから朝の挨拶を送り、
これに答えて、ジュズカケコバトは
平和と安息、それに愛の調べを聞かせた。



湖上の美人

著者名:ウォルター・スコット(著)
佐藤猛郎(訳)
出版社:あるば書房
出版年:2002.10
ISBN :9784990132101

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2008年11月23日

11月23日


よるには かぜが はたけの うえを とおりすぎていきます。
つちの こえに むかって はなしかけながら。
あたしは ジャガイモばたけの うねの あいだを はしって、
かぜを おいかけた。
あたしの ねまきに、かぜが ちいさな なみを いくつも つくったの。

あたしが よるの こえを きいている あいだじゅう、
イヌの ホラチウスが、ねまきの すそを くわえて、
ぎゅうぎゅう ひっぱったわ。
うちに かえろうってね。
ホラチウスは、もう かえる じがんだと おもうと、ほえるのよ。



オーパルひとりぼっち

著者名:オーパル・ウィットリー(原著)
ジェイン・ボルタン(編集)
バーバラ・クーニー(画)
出版社:ほるぷ出版
出版年:1994.08
ISBN :9784593503162

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2008年11月22日

11月22日


ちょうどこの時、彼女の背後で、時計が鳴りだそうとする寸前にたてる、あのジーという音、あれと似た音が聞こえた。

そして時計の一点鐘が鳴りだした、次いで二点鐘が、そして三点鐘が……。

オルタンスが溜息を洩らした。
気がついたからだ、いま聞く時計の音色が、三月まえ、あの見棄てられた城館内の沈黙を、超自然と呼びたいようなやり方で破って、二人を冒険の門出に連れ立って踏み切らせたあのアラングルの古い大時計の音色と同じだと。

オルタンスは数えた。
時計は八点鐘を告げた。

「まあ!」オルタンスがつぶやいた、いまにも倒れそうになって、両手に顔をおおいながら……。
「あの大時計ですわ……あの大時計がここに来ているのですわ……アラングルのあの大時計が……音色に聞き覚えがありますもの……」

彼女はそれ以上、もはや何も言わなかった。



八点鐘

著者名:モーリス・ルブラン(著)
堀口大學(訳)
出版社:新潮社
出版年:2003.12
ISBN :9784102140086

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2008年11月21日

11月21日


グランドデザイン。
僕らはその一部だから、それを見ることができない。
ときおり一瞬ちらっと垣間見ることしかできない。
歴史の流れすべてと、時間と空間のすべてを包含するグランドデザインが、人知では測りがたいある理由から、猫やクロッケーのマレーやペン拭きが(犬は勘定に入れるまでもなく)登場する筋書きを書いた。
それに、ヴィクトリア朝のひどい美術品がひとつ。
ついでに僕らも、そこに登場する。

歴史は性格だとぺディック教授はいった。
性格は、この自己修復において、たしかにある役割を果たした―
リジー・ビトナーの夫に対する愛、雨天でもコートを着ようとしないミアリング大佐、ヴェリティの猫好きとプリンセス・アージュマンドの魚好き、ヒトラーの短気とミアリング夫人のだまされやすさ。
それと僕のタイムラグ症状。
それがみんな自己修復の一部なら、自由意思という概念になんの意味がある?
それとも自由意思も計画の一部なのか?



犬は勘定に入れません

著者名:コニー・ウィリス(著)
大森望(訳)
出版社:早川書房
出版年:2004.04
ISBN :9784152085535

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2008年11月20日

11月20日


痛々しさで胸が締め付けられるような思いがした。
暫く見つめた後、私はそっと、
―ディスケ・ガウデーレ。
と、囁きかけた。
ディスケ・ガウデーレ―楽しむことを学べ。
このラテン語はこの鸚鵡から教わったものだった。
鸚鵡はゆっくりと目を開け、確かに私を見た。
瞳の奥に、かつては私をたじろがせたあの、人を馬鹿にしたような光が、わずかに灯ったように思えた。
鸚鵡は身じろぎし、首を私に寄せたかと思うと、突然夢から覚めたように、
―友よ。
と甲高く叫んだ。
狭い玄関の、黴臭い空気をつんざくように響いたその一言は、今は亡き、国を異にする友人達、懐かしい皆からの呼びかけのようだった。
一瞬にしてディクソン夫人の居間が、オットーが熱弁を振るい、ディミィトリスが物憂げに遠くを見つめ、ムハンマドが悪態をついていた、あの居間の空気が、私を取り囲んだ。



村田エフェンディ滞土録

著者名:梨木香歩(著)
出版社:角川書店
出版年:2004.04
ISBN :9784048735131

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2008年11月19日

11月19日


悪しきもの、命なきもの、望みなきものすべて、過ぎ去りし夜とともに消えゆかん!
善きもの、生けるもの、希望に満ちたるものすべて、暁とともに昇りゆかん!

夜とともに消えゆくものは、冷たい霧、有毒な湿気、重苦しい影、物悲しい疾風、それにふくろうの陰気な鳴き声。
暁とともに昇りゆくものは、矢のごとく走る光、健全な朝のそよ風、明かるむ生命のぬくもり、それに狂おしいひばりのさえずり!
東方に目をむけよ!

夜とともに消えゆくものは、無知の雲、前途を遮る罪の影、そして悲哀の無言の涙。
暁とともに高く高く永遠に昇りゆくものは、知識の輝かしい曙光、清純なるものの優しい息吹、そして万物の歓喜の鼓動!
東方に目をむけよ。

夜とともに消えゆくものは、死せる愛の思い出、くじかれた希望のしおれた葉、そして魂の最良の力をむしばむ女々しい後悔や怏々たる悔恨。
昇り、広がり、命ある奔流のごとく上へ上へとうねるのは、雄々しい決意、不屈の意志、それに天にむけられた信仰の眼差し―
『それ信仰は望むところを確信し、見ぬものを真実とするなり』

東方に目をむけよ!
そう、東方に目をむけよ!



シルヴィーとブルーノ

著者名:ルイス・キャロル(著)
柳瀬尚紀(訳)
出版社:筑摩書房
出版年:1987.05
ISBN :9784480021397

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