悲劇を生きたのはイネーシュではない。
無論、ペードロでもない。
公私の間で煩悶しつつ無情な断を決したアフォンソ四世でもなければ、王国の後難を憂い諫言におよんだがために、後に処刑された重臣たちでもない。
彼らの人生は賑やかだ。
凡そ同情を買う人生ほど賑やかなものはない。
しかも彼らは、後世にことばを遺した。
少なくとも語るべき台詞は与えられた。
彼らの舞台は、観る者の心に媚びた。
しかしながら、彼らも観客も、その舞台の屋台骨がとある沈黙でできていることに気づかない。
その雄弁かつ華麗な舞台がただひとつの沈黙を支えに成立していることを、誰もが忘れている。
ここに、この物語にひと言たりとも遺さなかったひとの優雅な沈黙が浮上する。
その優雅な沈黙こそ、真実の悲劇を語るものである。
またそれゆえに、そこには一鱗の同情をも拒む威厳ある孤独が屹立している。
そのひととは、コンスタンサ妃である。
| サウダーデということ |
 | 著者名:諏訪勝郎(著) 出版社:彩流社 出版年:2008.12 ISBN :9784779113949
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